忘れやすい日々のための映画ブログ

忘れっぽいので、過ごした日々・趣味の時間を大切にしていきます。

信念の行方/『アメリカン・スナイパー』

『アメリカン・スナイパー』

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年末に予告編を観たときに震え、そして息をのみました。


映画『アメリカン・スナイパー』予告編 - YouTube

画面から溢れ出るのは、家族との幸せな日々と葛藤、緊迫感。

たった2分弱の動画でこれだけのことを伝えるプロの技。

これは絶対に観なければ行けないと、久々に心の底から思えた作品。

 

この予告編の衝撃は『シンデレラマン』の予告編を観て、泣いたとき以来。

なお『シンデレラマン』本編には見事に裏切られました。


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 以下ストーリー。

イラク戦争に出征した、アメリカ海軍特殊部隊ネイビーシールズの隊員クリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)。スナイパーである彼は、「誰一人残さない」というネイビーシールズのモットーに従うようにして仲間たちを徹底的に援護する。人並み外れた狙撃の精度からレジェンドと称されるが、その一方で反乱軍に賞金を懸けられてしまう。故郷に残した家族を思いながら、スコープをのぞき、引き金を引き、敵の命を奪っていくクリス。4回にわたってイラクに送られた彼は、心に深い傷を負ってしまう。(yahoo映画より)

以上。 

90点。

観るなら一人か戦友と行くことをお勧めします。破綻しそうなカップルとか夫婦では観に行かないこと。

カップル破壊映画として名高い『ブルーバレンタイン』や『レボリューショナリ-・ロード』とは違った破壊力を発揮します。R15作品ですが、『プライベートライアン」のようなグロシーンはほぼありません。また『ブラックホークダウン』のような激しい戦闘はありません。『ザ・シューター』のような長距離射撃がちょっとだけあります。

とにかく観終わったあとの虚脱感が半端ではない作品です。

以下感想。ネタバレを含みます。

 

予告編にもある狙撃シーンから過去のシーンへ飛びます。

主人公のクリス・カイル実在の人物です。

彼は父親と幼少からハンティングに親しみ、見事に鹿を仕留めるなど、冒頭からその狙撃の才能を見せます。そして父親から「羊(弱者)、狼(悪者)、番犬(正義・強者)」の話をされます。

厳しそうな父親から「羊になるな、狼から羊を守る番犬たれ」と教育されて育ちます。

 

しかし大人になった彼はただのカウボーイ(無職?)です。ちなみに弟も。

ロデオで勝利して家に帰ると彼女は浮気中。その場で即刻別れ、弟と冗談を言い合う精神の持ち主。陽気なアメリカンな感じです。女々しく酒に癒されたりしません。

そんな彼にも転機が訪れ軍隊へ。厳しい訓練を終え、ネイビーシールズへ入隊。

誠実な女性と結婚もし幸せな日々を過ごします。

奥さんとの出会いのシーンはナンパの勉強になりました。

下心がない状態(賢者モード)が最強だということが証明されたシーンです。

 

そんなときに9.11が発生。主人公はイラクへ行きます。初めての狙撃は幼い子供と女性。そう予告編の2人です。

主人公は合計して4回派遣され、160人以上を狙撃したそうです。

部隊では『レジェンド=伝説』と呼ばれます。『スターリングラード』のヴァシリ・ザイツェフのように、戦意高揚のプロパガンダ的な役割も果たしていたと思います。

しかし戦局は悪化し、戦友を失い続けます。首には懸賞金が懸けられます。

 

地獄のような戦場のはずですが、私には戦場にいるときの主人公は生き生きしているように見えました。

恐らく父親に「狼(敵)から羊(味方・国民)を守る番犬(軍人)たれ」と教育をされた主人公は、狙撃の才能を最大限に生かし、それを達成することに喜びを感じていたのではないかと思います。

途中までは心から「国の役に立っている。国を守っている」本当にそう思っていたと思います。実際「自分がやっていることの理由を神に説明ができる!」と言い切るシーンもあります。私には父親の言葉を実践し、国を守っているという大義名分の名のもとに考えることを放棄=現実から目を背けているようにもみえました。

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そして、あるときから自分がやっていることが正しいかどうかわからなくなってきます。恐らくですが、戦友がこの戦争について迷うような発言をしたり、同じく軍に入隊した弟が「こんなところ糞だ」と言ったあたりからではないかと思います。

近しい人が自分がやっていることに心から賛同してくれなくなったら多少は迷うものなのかもしれません。でもきっと信念があれば「そんなの関係ねえ」と言い切れると思います。経験上、迷いというのは自分自身も迷っているから生じるものです。

主人公自身、正しいと思い続けてきたことに迷いが生じていたのではないでしょうか。

実際に何度目かのアメリカ帰国中、家で近隣の方々?とBBQをします。そんな穏やかな時間に、突如妻と話をしていた主人公が子供とじゃれ合う飼い犬に殴り掛かるシーンがあります(奥さんが叫んで直前でとめます)。

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子供が犬に襲われていると思ったようですが、このシーンも戦場という命がけの環境で過ごした結果、「じゃれている」と「襲っている」の区別がつかなくなっているんだよ、ということを言っているのだと思います。

ここでやっと父親の言葉が伏線として生きてきます。「番犬」=「自分自身」、引いては「アメリカ」です。これに殴り掛かるということは自分自身の否定です。

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4回の派遣のあいだにアメリカへ帰国しますが、回を増すことに心ここにあらずです。

家族で過ごす幸せなはずの日々。奥さんが話しかけますが、ぼーっとした感じです。

下の画像でも子供の試合のプレーを観て欲しいと言われているのに奥さんを見ていませんし、どこかうつろな表情です。

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村上春樹の『色彩のない多崎つくると、彼の巡礼の年』の主人公つくる君が彼女の沙羅に言われたように、

『セックスをしてるときあなたの肉体はここにあるけど、心はここにいないの。どこか遠くへいるみたい(うろ覚え)

と言われた状況と同じです。名作ですので一読することをお勧めします。

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戦友たちは死んだり、体の一部を失ったりしますが、主人公の体は無傷です。

(途中頭を狙撃されますが、運良くヘルメットにあたってやはり無傷です)

でもアメリカでの彼は他の誰よりも病んでいるように見えます。

これは対比だと思いますが、腕や足を失った者より無傷の主人公のほうが辛そうなのです。

 

最後の派遣で主人公はやっと『死』を感じます。

強烈な『死』の意識が、彼に『生きたい』という感情を呼び起こさせます。

何百というテロリストに囲まれているその場で奥さんに「辞める」と電話するのです。

ここで泣きそうな表情になります。実は入隊してからというもの、主人公の表情には感情が出ません。怒りはたまに出ますが、それ以外の感情はほぼ印象にないです。恐らくですが、最後のこのシーンを際立たせるためだと思います。

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彼は生きて帰ります。そしてアメリカで傷痍軍人と触れ合うことで心を取り戻します。

しかし最後には悲劇が起きてしまいます。エンドロールは無音です。

私は軍隊を持たない国の人間ですが、アメリカ人だったらどう思い、どう感じるのか。

リスカイル氏のご冥福をお祈りします。

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